Whatever

I'm free to be whatever I / Whatever I choose And I'll sing the blues if I want

餓死者の死にただ単に憤るだけでは何も解決しない

東京新聞:「子どもに食事させたかった」 3歳児と母餓死か 大阪のマンション:社会(TOKYO Web) 東京新聞:「子どもに食事させたかった」 3歳児と母餓死か 大阪のマンション:社会(TOKYO Web)

餓死というのは人間が体験する最も大きな苦痛の中のひとつに入ってしまうのだという説を聞いたことがある。平山夢明氏のエッセイだったか、それにそのように書いてあったのだ。確かに「お腹が空いた」というのは人間の原初的な欲望のひとつであり、それが満たされないのであればこれ以上の苦痛はないだろう。その意味ではこの事件は本当に酷いことだと、それを分かった上で敢えて言う。

何故彼女の死「こそ」が問題になるのか。

これはそもそも生活保護受給者の内にひとり不正受給者が見つかって逮捕されるのと構図としては似ている。確かに生活保護を受給しながら十分な蓄えを得ている人もいるだろう。そうした不正受給者についてはもっと取り沙汰されるべきであるとは思う。日本の不正受給率は一パーセント未満であると聞いたが、それでも不正受給は不正受給である、厳重に取り締まって貰いたい。その上で私は本気で言っている。

何故ある不正受給者「こそ」が問題になるのか。

もしも後者の、取り敢えずはひとりに過ぎない不正受給者を叩いて前者であるひとりの貧窮者を擁護している人間がいるとするなら私はそういう人間に何の理解を示すことも出来ない。だって、メカニズムとしては一緒ではないか。貧窮者と不正受給者。生活保護は――乱暴だが取り敢えず――この二種類に分けられるとしよう。だとすればそこから任意の誰かをサンプルとして取り出して問題を云々すること自体乱暴極まりないものなのではないのか、と、私は真剣にそう思っている。

誰かひとりが象徴的になって叩かれる。これは河本騒動の時と同じだ。私は civilactionjapan に寄付した人間のひとりなのだけれど、この状況と今とでは(学ぶべき時期はあったというのに!)メカニズムが何も変わっていない。そう言えば河本氏の一件は法律には反していないという意見があったらしいのだが今はどう受け取られているのだろうか。これ以上突っ込むと私の無知がバレるので止めるとしよう。

つまり、普段は餓死しそうな人間のことなど表面化されないのだ。餓死という致命的な事件を取ってこそ問題は表面に浮かび上がる。不正受給の場合はまた事情が違ってくると言われるかもしれない。私たちは生活保護という制度の名の下に受け取ったお金を飲酒やパチンコに使う人間の存在を良く知っている。なるほど、それはそれで違うかもしれない。

しかし、生活保護の不正受給率は一体何パーセントなのか。一応一パーセントより以下であるというデータは出ているらしいが、それは本当なのか。表面化しているデータだけが主となっていて実際はもっと多い、あるいはもっと少ないという事実が丸見えになってくることも確かだろう。それならそれで構わない。いっそこの機会に、溜まっていた膿を全部出してしまうように働きかけるわけにはいかないものか。私が考えるのはつまり、そういうことだ。

これはいじめにしてもそうだ。誰か特徴的なひとりが自殺によって死んだとする。するとその場合に一度は猛烈なネットでの世論が巻き起こるだろう。しかし、肝腎の「国内でのいじめの現状はどうか」という問題がなおざりにされたまま終わっていく。私は従って、この問題こそがまたしても単なる餓死者を出した、というレヴェルで終わってしまうのが恐ろしいのだ(餓死者ならそもそも北九州市にひとり存在したのではないか、その教訓を何故生かせなかったのか?)。誰かひとりを槍玉に挙げて物事の全体を論じるのはそういう弊害に陥りやすい。今私たちが必要なのは、そうした故人の死に裏打ちされた冷静なデータだ。一体この国の誰が苦しんでいて、誰を救わなければならないのか。それを行わない限り、生保で飲酒したりパチンコしたりする人の存在は消えることはない。

ひとりの死「だけ」に憤っているだけに過ぎない限り、このような悲劇は何度も繰り返されるだろう。何ならポケットマネー全部賭けてもいい。

何故乙武氏の一件について誰も代案を示さないのか

イタリアン入店拒否について | 乙武洋匡オフィシャルサイト イタリアン入店拒否について | 乙武洋匡オフィシャルサイト

障害者側からみる乙武氏入店拒否問題その2 - まるみえ星人の日記 障害者側からみる乙武氏入店拒否問題その2 - まるみえ星人の日記

今回の問題は障害者差別の問題ではない、というところに大いに同意したい。これはサーヴィス業に携わる人間のスキルの問題である。もちろんここからよりバリアフリーな社会を築いていくにはどうしたらいいのか、に話が及んでいくのであればそれはそれで構わないが、肝腎の店主が差別主義者であったという誤解をそのまま鵜呑みにしてしまうのは店主に対する名誉毀損なのではないか、と思う。

それにしても、今回の問題で不思議に思うのは誰も「では店主はどう行動すれば良かったのか」を語らないところにある。問題に関して発言する人々は店主の対応を詰り、あるいは乙武氏の行動を詰り、どちらにしてもバッシングを悪化させているだけであって建設的な議論にはまるで繋がっていない印象を抱くのだが、それは私だけだろうか。

私は今回の問題に関して言えば、店側の能力を超えていた来客が訪れたという不幸が存在するだけでそれ以上でも以下でもないと思っている。では店側はどう対応すべきだったのか。乙武氏のブログを読む限りでは店主の対応は傲慢なものであったという印象を抱くのだが、ではどう扱われれば満足だったのか。それが見えて来ない。

以前に書いたことの繰り返しになるのだが、こういう場合は店主は例えば他のレストランを紹介するべきだったのか、それとももう少し謙虚な対応をすれば良かったのか(店員ふたりの店でそれがどの程度可能かは私には分からないが)、それとも……というように考えることこそ、こうした不利益なトラブルを避けるために必要な要素なのではないかと私は思っている。代替案があるのならそれを示すべきである、と。

欧米での対応がどうとかいう話に関して言えば、参考資料として受け取っておくに留めた方がいいだろう。必ずしも欧米のスタンダードに合わせる必要はない。ただ、欧米でのスタンダードが日本における障害者差別の問題を炙り出す教訓になるのであれば(繰り返すが、私はそういう次元にこの問題が存在するとは思っていない)、それは積極的に受け入れればいいのではないかと思う。そこには何の損もないはずだ。

私自身ならどう振る舞えただろうか自信はないが、それでも乙武氏のような方が来店されたらそれなりに気を配るだろう。外でただ相手を待たせるというのはレストラン側の明らかな過失にほかならない(事前に連絡をしなかった乙武氏が悪いかもしれない、という可能性は一旦置いておく)。接客業であるなら客の側が待たされることの痛みを理解しておくべきであると思う。店の中に入ってしまえばそうした痛みというものは見えなくなってしまうのかもしれない。

例えば、その場にいたであろうお客様の手を借りる、乙武氏の負担にならないように(素人が障害者の介護を行うのは基本的には危険であると私は思っているのだが)持ち上げる、そして店内に誘導する。といったような行動を採り得る余地が会ったのではないのか、と。料理の手を一旦止めてでも、誘導すればよかったのではないか、と。そういう話がまるで見えて来ないのは本当に不思議なことだ。

今回の一件で私が学んだことと言えば、意地の悪い言い方になるが誰もが誰かを容赦なくバッシングすることに対しては躊躇がないということと、誰も自分ならその場にいればどうするかという想像力を働かせるという配慮がまるで働かないというところにある。そういう視野の狭さがそれこそ障害者差別、ないしは障害者が生きにくい社会を作るのではないのか。どうだろうか。

既に終わってしまった話を蒸し返してしまっている、という批判は甘んじて受け止めよう。コメント欄は基本的に誰でも書けるように開放してあるので、どうぞ思ったことを存分にお書き下さい。

窓ガラスを割って回りたいと思ったことは一度もない

ここのところモヤモヤしていたので、遅くなってしまったが書いておくことにする。

尾崎豊さんは割らなかった…繁美夫人証言 - 社会ニュース : nikkansports.com 尾崎豊さんは割らなかった…繁美夫人証言 - 社会ニュース : nikkansports.com

尾崎豊という人に対して私は特別な思い入れを持っていない。一応作品をちょっとは聞いてみた世代には入る。あれは高校生の頃だっただろうか。特に聴いていて何の感興も生じなかったままここまで来てしまった。

尾崎豊氏の作品を全部聞き込んだわけではないので間違いがあれば指摘して欲しいのだけれど、私は尾崎豊氏の音楽について例えば斬新さを見出したりすることは出来ない。普通にスタジオで練り上げられたサウンドを展開しているんだな、と、それだけしか感じられない。例えば尾崎豊氏が歌うような不良の心象風景(盗んだバイクで走りだす、というような)にしたって、同時代に活動していたブルーハーツの方がよりプリミティヴに、そしてより説得力を以って展開していたのだな、と思う。今で言えばブランキー・ジェット・シティあたりが食い込んでくるのではないか。いずれにせよ、尾崎豊氏の表現に対して私は一ミリも共感を抱くことは出来なかった。これだけは断言出来る。

そもそも、「卒業」という曲からして変な話だろう。本当に学校を卒業出来るのはそれなりに学校生活に馴染んで出席もして、つまりその程度に学校生活に順応して、そういった手続きを踏まえてからのことだろう。学校の窓ガラスを叩き割りながら(尾崎豊氏自身がそうした経験を持っていないことは承知の上で、歌の中だけのファンタジーを云々することになるが)卒業出来るというのは学校に対して共依存的な関係を抱いた、つまりドメスティック・ヴァイオレンスにも似た心情を抱いたような、そんな人間でしかあり得ないように思う。間違っているだろうか。

その意味で私は尾崎豊氏に対して「不良」だというイメージを抱いたことは一度もない。むしろ鬱屈した優等生だったのではないかとさえ思っている。彼の音楽に対して言えば、歌詞は評価出来る。逆に言えば彼のメッセージは歌詞という面で言えば強いメッセージ性を備えたものだったのだけれど、音楽的には普遍的に伝わり得るものを持ち合わせていない。私はそう思うのだがどうだろうか。実際に尾崎豊フォロワーの名を挙げてみても、ちょっと前の橘いずみが挙げられるだけだ。

こう思ってしまうのは、私が学生時代に抱いていた心象風景が尾崎豊氏の歌詞におけるそれと全く違っていたからかもしれない。尾崎豊氏が「学校」なり「大人」なりと必死に抵抗していたのだとすれば、私はそんな彼と連帯することは出来なかった。高校生だった私にとって、「学校」や「大人」なんてものが繰り広げるメカニズムなんて実はどうでも良かった。私が反抗したかったのはむしろ、実際には同じようにそれらのシステムあるいはメカニズムに抑えつけられていても、なおその中でいじめを行ったり恋愛に興じたりするクラスメイトたちの繰り出すミクロな意味での「支配」だった。私は同級生たちに言いようのない違和感をずっと覚えていた。私は学生時代、小学校から高校に至るまで友達というものを全く持ったことはない。そんな孤独。それだけを癒してくれるものが必要だったのだ。

そんな私は(以前に書いたかもしれないが)フリッパーズ・ギターを愛聴していた。例えば「午前三時のオプ」といった曲の「花束をかきむしる 世界は僕のものなのに」といった苛立ちを私もまた共有していたのだ。ブルーハーツフリッパーズ・ギター。両者が私にとっての安全弁だったと言うことも可能かもしれない(ブルーハーツ自体は高校に進学してからは聴かなくなってしまったのだけれど)。もしくは私の心を癒したのは BUCK-TICK でありフェアチャイルドであり種ともこでもあった。要するにファンタジックな表現を好んでいたわけだ。虚構の中に逃げ込んでまったりした時を過ごすこと、それが自分にとって大事なことだった。

尾崎豊氏は私の姉がよく聴いていたアーティストだ。だから、あまり悪く書く気にもならない。ただ、どうしても自分に嘘はつけない。このあたりご寛恕願えれば、と思う。

ところで、バイクを盗むためにはキーが必要だと思うのだがどこから手に入れるのだろう?

乙武氏とトラットリアをめぐる問題について

釣り解説"乙武洋匡さん、銀座の「TRATTORIA GANZO」に「車椅子だから」と入店拒否される" - Togetter 釣り解説"乙武洋匡さん、銀座の「TRATTORIA GANZO」に「車椅子だから」と入店拒否される" - Togetter

一応サーヴィス業の末端にいる身としては、他人事ではない出来事だ。

私は今回のこの問題は「接客対応の拙さ」というコミュニケーション上の問題と、「車椅子に乗った人をどう介護するか」というバリアフリーをめぐる問題が重なり合っていると思っている。だから問題が過度に難しくなっている。前者だけを問題にして語るなら、乙武氏が車椅子に乗っていることを言わなかったことと店側がそうした対応の用意が出来ていなかったことの不幸な行き違いの問題だろう。そして、乙武氏の発言から類推するに(そしてそれはトラットリア側も認めていることだが)接客対応に拙さがあった、フレキシブルな対応が出来なかった、という店側の能力の問題もまた追求されるべきだろう。理想論であることを承知で書けば私は今回の一件がトラットリア側のサーヴィスの向上に繋がれればいいと思うし、双方がそれで「手打ち」にしてしまって構わない問題だと思っている。

問題に思うのは、乙武氏が件のツイートを始めた際にトラットリアの規模がどれだけのものか書かなかったことだ。これは調べなかった私も悪いのだけれど、件のトラットリアは店員ふたりで回しているという。私はここまで乙武氏が言うのであれば大々的なレストランであると考えていたので、肩透かしを食らったような気持ちになった。相手にされないとは思うが、その点について一応問いかけはしてみている。相手に対する配慮が存在しない場合、それは障害者に対する配慮を行わないのと問題は同根であるだろうと思うので。

私自身繰り返すがサーヴィス業の末端にいるのでサーヴィスに関しては「する側」からどうしても見てしまう。私自身、例えば高いところにある商品をお客様の代わりに取ってあげたり荷物を運んであげたりというサーヴィスをするように、つまりお客様目線で接するように強く言われている。だから、今回の対応に関しても店側に落ち度があったというのは確かなことだろう、と思う。ただ、繰り返すが物理的に無理な出来事というのはどうしても生じてしまうのではないか。その無理を強いるような言説はやはり慎まれなければならないと思う。そこからクレーマーに至るまでは本当にあと一歩だ。

ではどうすれば良かったのか。この場合は結局はトラットリア側が他のレストランを紹介するなりするしかなかったのではないか、ととある方が仰った(事情により名を伏す)。私もそう対応するしかなかった問題だと思う。機転を利かせるというのはつまりそういうことだ。現実的な解決策を探ることが重要だろう。

今回の出来事を乙武氏が名指しでツイートしたことに関してはあまり驚かなかった。そういうことを言い出せば田中康夫氏のような方だって名指しで店を批判しているわけであって、具体的な対象を指して問題点を指摘するというのは別段問題はないのではないか、と思ったのだ。ただ、ヒステリックに周囲の人間が同調するのを見ていると冷ややかな気分にならざるを得ない。

「TRATTORIA GANZO」店主への激烈リプライ - Togetter 「TRATTORIA GANZO」店主への激烈リプライ - Togetter

これに関しては結局このコメントがファイナル・アンサーになるのではないかな、とは思うのだがどうだろうか。

Twitter / harukazechan: ぶっちゃけ乙武先生とお店やさんのことやその場のニュアンスはお ... Twitter / harukazechan: ぶっちゃけ乙武先生とお店やさんのことやその場のニュアンスはお ...

バリアフリーの話については専門的な知識を有していないために(あとこれ以上文章が長くなるのもアレなので)また別の機会に考えてみたい。

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を読んで

読み終えて感じたことはただひとつ。村上春樹は衰弱している。それだけだった。

名古屋に住んでいた時の五人の仲良し共同体からハブられて東京の大学に通う多崎つくるが、大きくなってから再び絆を取り戻す話、とでも整理すればいいのかもしれない。もちろんこのような整理は肝腎な、例えば大学生の時代に出会った灰田や彼が語る緑川という男の話の重要性を切り捨ててしまうことになるのだけれど、あまり筋に深く絡んでこないエピソードなので(私が作者なら削るだろう)、何らかの象徴的な意味しか持たないということになってしまう。

村上春樹はベースにおいては人間の弱さを直視し、その弱い人間が何かと戦うことで乗り越える過程を書く作家だったと思っている。星形の模様のついた羊(『羊をめぐる冒険』)。やみくろ(『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)。自死へと誘惑される感情(『ノルウェイの森』)。もうひとつの世界(『ダンス・ダンス・ダンス』)。主人公は概ね世界の中に投げ込まれて、自分では責任の取りようのないものと対峙することを迫られる。しかしそれを乗り越えて再びこちら側へ帰ってくる(あるいはユートピアめいた場所で新たな自分の居場所を作る)。そういう作家だと思っていたし、それはこれからも変わらない。

しかし、例えば『1Q84』を連想してみよう。あの物語の中で主人公の天吾は何と戦っただろうか? 『1Q84』を私が再読する気が起きないのは、鬱陶しくなってくるような「説明」が挿入されることも然ることながら、如何にも村上作品のヒーローに相応しいと思われる天吾が何とも戦っていなかったからだ。青豆や牛河が自分なりの居場所の中で息を潜めてこれから訪れる残酷な運命と対峙している時に、天吾がやっていたことといえば結局は麻薬を嗜んでトリップしていただけではないのか。そう考えると村上春樹はもう「戦う」ことを放棄してしまったのかもしれないと思われて仕方がない。『1Q84』はそれでも青豆と牛河が戦っていたから救いがある。

村上春樹の登場人物が戦わなくなったのはいつ頃からだろう。『ねじまき鳥クロニクル』ではあんなにも果敢に戦っていたのに。オカルトめいた話ではあったが、当初は出すつもりはなかっただろう第三巻では闇の奥底にいるもの、邪悪なもの、おぞましいものと最終的には金属バットを持って対峙することになる。そこには現実の持つ(テレビのニュースを無邪気に信じる人々の存在に象徴される)不条理さに対する最終的な対決が確実に存在していたはずだ。

だが『海辺のカフカ』ではそういう対決は望むべくもない。あの話は結局のところ主人公のカフカは父親を殺さない。よくあの話は「父を殺し、母と交わる」という構造からオイディプス的な読まれ方をするのだけれど、カフカは母親と単に戯れるだけのことしかやっていない。父親を殺し、邪悪なものを殺すのはナカタさんなのだ。私は『海辺のカフカ』を初めて読んだ時に「何と主人公にとって都合のいい話なんだろう」と溜息をついてしまった。全てのお膳立ては他人によって為されて、カフカは母親と交わる快楽を楽しむだけで終わるのだ。

挙げている作品の時系列がおかしくなってしまったので話を整理しよう。とにかく村上春樹の作品はある時期から(『海辺のカフカ』あたりから?)何かこの世に存在するおぞましいものと対峙するのではなく、むしろそのおぞましいものがこちらを侵食することをどこか良しとしている節が見えてきている、と私には映るのだ。そしてそれは『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で明らかになった。この話では主人公はミステリ的な展開に巻き込まれていくが、それをけしかけるのが主人公の恋人的存在であることに注意を払う必要がある。つまり、主人公は自分から動かない。あまりといえばあまりにも受動的な動機に突き動かされて、主人公は過去と対峙することになる。

しかし、次第に探偵的な行動を取り始める主人公が(ネタを割ることになるが)過去の同級生と再開することはそれはまあいいとして、そこまで探偵的なことを行うのであればレイプされて殺されたシロの死の真相を暴こうとしないことは奇異に映らないだろうか。もちろん村上春樹はミステリ作家ではないからそんな展開を求めるのは酷なのかもしれないが、せめて外堀だけでも埋めるような行動に出るのが自然ではないのか。シロの死はここでは不可侵のものとして扱われることになる。

村上春樹は衰弱した、というのはそういう展開を読んでしまったからである。つまり、村上春樹はもう戦うことを放棄して、自分にとって都合のいい世界の中だけで生きている登場人物を作る作家になってしまった、ということだ。もちろんこの一作だけを以って断定してしまうのは早計に過ぎるだろう。だが、私はシロの暴力的な死が結局主人公の心をいささかも動かさない(少なくとも調べさせようという動機付けをもたらさない)という展開を読んでしまって、ああ、もうかつての村上春樹はここにはいないのだなと思わされたのだ。それでも、新刊が出れば買い続ける作家のひとりであることは間違いないのだけれど……。

自殺に理由なんてない

熊本県和水町教育長・井上忠勝さん「石を投げられたり女子トイレにスリッパを投げ込まれたりするイジメはあったが自殺の原因ではないというのが揺るぎない信念」:ハムスター速報 熊本県和水町教育長・井上忠勝さん「石を投げられたり女子トイレにスリッパを投げ込まれたりするイジメはあったが自殺の原因ではないというのが揺るぎない信念」:ハムスター速報

ネット上ではこの教育長の発言に批判が集中しているようだ。実際に発言の全文を聞いたわけではないのでこの断片から類推するのだけれど、私もこの発言には批判する余地があると思う。この発言はいじめがあったことを容認しているのであり、それをどう改善することもしなかった/出来なかった己の無能を棚に上げた内容のものであることに他ならない。しかし、実を言えば、これは炎上を覚悟の上で言えばそれとは別の次元で私はこの教育長の発言に共感してしまうことも確かである。それは、人のどのような行為もそれを以って自殺の原因に至らしめるものではないという「信念」の問題だ。

私は人が自殺することに理由はないと基本的に思っている。もちろん自殺に人を追い詰める理由は数多と挙げられ得るだろう。私自身もいつ自殺してもおかしくないような日常を生きている。パソコン技術なし、普通免許なし、若さなしの「三なし」で生きているのだからこれから先どういう苦境に立たされてもおかしくない。それに加わって、春というのは私が最も嫌いとする季節である。季節性情動障害というのだそうだが、春になると気持ちが塞ぎ込んで仕方がない。例えば春になれば桜の花が咲くことを人は喜んで眺めるのだろう。しかし私には桜の花が開花することが、生命力の異様な発露としてしか捉えられない。最も似つかわしい表現で言えば「発情」とでも呼ぶべきものしか桜の花には感じられない。他の季節に咲く花を見てそんなことを感じたことはまずないので、春先に咲く花が多いからか、あるいは春の気候の中途半端な気温の上昇などがそう感じさせるのか、春という季節はとにかく自分にとって厄介な時期である。

話が若干逸れたが、とにかくそうした理由にならない憂鬱も自殺の理由として考えれば勘定の中に入ってしまう。だから、私は自分が決して自殺しない、ということを言い切ることが出来ない。自殺は、人が人を殺すのと同じように最終的には狂気の産物だと思っている。理性的であれば人は自殺をすることもないだろうし、殺人を犯すこともないだろう(私は自殺も殺人の一形態だと思っている)。逆に言えば、それまで理性的であろうとした精神が破綻した結果に起こるのが殺人であり自殺なのだと思っている。

だから、人が何故自殺するのかという理由を問うのは無意味なことであると私は思っている。私の何度かのオーヴァードーズ体験を省みてみても、魔が差した、という以上の理由を思い上げることが出来ない。自殺者が身内におられる方に対してはこれは無思慮の極みかもしれない。しかし自分の経験を振り返ってみても、人は「理由なく」自殺してしまう生き物であると考えている。それ故に、原因を追求するという試みは間違いに陥る可能性がある。むしろ自殺者に対して「自殺で死なないように強くあれ」「生きていればいいことがある」という類の言葉を寄せるのは、自殺者の苦悩をより深める可能性がある。自殺が一番いけない手段であることは自殺者本人がよく分かっているからだ。自殺が他人にどれだけの迷惑を掛けるか、どれだけの心理的苦痛を他人にもたらすかは本人が一番良く分かっている。にもかかわらず、リミットを超えてしまうことで人は自殺に至るのだ。

だとすれば自殺から人を救うにはそうしたリミットを自覚させない、苦悩をこじらせていない段階での救助が必要であると言える。学校でのいじめのケースでは、ただでさえ人生経験の少ない子供は自殺への一線を超えかねない精神の脆弱さを備えている。必要なのは結局早めの対処でしかない。死んでから後になってあの自殺には理由/意味があった/なかったと論じ合うことは愚の極みであると思う。そんな議論をしている暇があるなら、今苦しんでいる人の救済策を、死を選ばざるを得なかった死者に謝りつつ考えることだと思う。

ところで、今年は二階堂奥歯氏が自死を選んでから十年が過ぎたのだという。私のここまでの拙い文章よりも、二階堂氏の『八本脚の蝶』の方が自殺を選んだ人間の心理の、狂気がこじれていく様を雄弁にありありと伝えている。こんな文脈で推薦するのはそれこそ故人に失礼であろうけれど、自殺者の心理を考える上で参考になる一冊なので是非とも読んで欲しい。

準引きこもりとしての立場から

http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20130305ddlk13070159000c.html

この記事の「ピュア」という言葉は誤解を招きかねない表現ではないかと思う。それは(残酷な表現になるが)引きこもりを続ける彼らの中に無理矢理「宝」を見出そうとしているようにさえ感じられるからだ。言うまでもないことだが、どのような才能であれそれは発揮出来なければ意味を持たない。そして引きこもる人間は確かに何らかの才能を秘めているのかもしれないが(持っていない人間はそうなるとまさに救われないわけだが)、それを生かし切れないという意味で普通の人とは何ら変わりのない存在でしかないと思う。

「ピュア」という表現で、引きこもりの人間のイメージアップをしようとしているのはよく分かる。実際に支援活動に関わったことがないので推定するしかないのだけれど、確かに引きこもっている人間は私たちとそれほど変わりのない人間なのだろうと思う。特別視することは差別に繋がりかねない。私たちの隣人としての引きこもりを想定した上で、彼らがどう社会に受け容れられるようになるか考える必要があるとは思う。だが、私たちの隣人として捉えるということは彼らに対しても容赦なく「この世に適応出来る大人になれ!」と言い放つことであると思う。どれだけ支援体制が調おうとも、最終的に共存していく次元に至るとするならばそのように言うしかないのではないか。彼らが引きこもること自体は逆に言えば、そうした社会の「適応せよ!」という言葉に対する反抗なのではないか。

私がこのように冷めた視線で引きこもる人のことを考えてしまうのは、同族嫌悪のような感情があるのかもしれない。私もまた、時代や状況が許せば引きこもりになるはずだった人間であるという自覚がある。前にも書いたかもしれないが、私は大学を卒業する際に就活で失敗してしまった。それで半年間ほどニートとして生活していた時期があった。引きこもりを選ぼうとするならそうすることも出来ただろう。それが出来なかったのは、橋本治氏の影響が強かったのかもしれない。「とにかく何としても社会と接点を保ち続けていなくてはならない」という強迫観念があったから、ニート時代は毎週週刊誌を読み耽り図書館に通って中上健次全集を読破したりしていた。後は、私は両親が高齢だった時期に生まれた人間なので年金生活者の下で引きこもりを選ぶのには無理があったというのもある。

逆に言えば、妙な言い方になるが私は引きこもりになることに失敗した人間であるとも言える。現在勤めている会社はニート時代から抜け出すことを考えた時期に「半年持てばいいだろう」とドクターと話し合って決めたところである。だから仮住まいのつもりがずるずると今まで続いてしまってきた。私は職場には友達はいない。心を開ける人間が誰一人としていない。また、そういう理解者を求めようとも思わない。会社に自分の居場所はないと思っているから、身体と時間だけを仕事に奉仕して精神的には閉ざしたまま中上健次の小説の登場人物のように働いている。家でも家族と話すことは滅多にない。休日はどこか外に出ようともしないで家の中で本を読んだりネットに繋がったりして過ごしている。つまり、準引きこもりといっても過言ではない生活を送っているわけだ。

そういう人間なので、引きこもっている人に対して何かしら言葉を掛けることが出来るわけがない。せいぜい中島義道氏のように、「引きこもっていても勤勉であれ(例えば本を沢山読むとか)」「社会との繋がりを無くすな」といったようなことしか語れない。私は半分くらい自分が狂った人間であるという自覚があるので、世間から完全に繋がりを失ってしまうと余計に狂ってしまうのではないかという恐怖を抱いている。だから準ひきこもりとしての生活を選んでいるわけだ。でも、意外とこういう人間って多くないだろうか。自分の趣味の空間を大事に守って、それだけをアイデンティティの拠り所として過ごしている人間――世間は彼らをオタクと呼ぶわけだが――は多いのではないか。だというのであれば、世間に適応するハードルを低く考えることは出来ないだろうか。つまり準引きこもりとして、社会に自分自身の全てを預けてしまうのではなくてあくまで労働力として奉仕するという考え方を選ぶことは出来ないのだろうか、ということだ。

無責任だろうか。私は当然ながら支援者の側にいないのでこういう客観的に見れば気楽なことしか語れないのだけれど、体力や要領の良さは後からついてくるものとして(あるいは、私のようにただ単に愛想笑いも作ることなく自分を一個の機械と見立てて)生きることは不可能なのだろうかと考えてしまうのだ。少なくともそれは彼らを表に引きずり出して「適応せよ!」と命令するよりも現実的な考え方のように思われるのだけれど、どうだろうか。

かつて竹熊健太郎氏が西江雅之氏の考え方を紹介していたのを思い出す。それはつまり現在生きることを「観光」として捉えるということだ。そこに定住するというのではなく、あくまで外国人になった立場から物事を眺める。そしてどんな風に恥をかこうとも「不思議だ」と言う観点から捉えるようにする。そうすれば生きづらいこの日常もほんの少しだけ生きやすくなる、というように。私は自分が発達障害者だと分かった時点で自分はエイリアンなのだと時々感じることがある。そうやって定型発達者の暮らしの中に入り込んでいくと確かに少しは楽になる。ものは考えようなのだが、そういう「私は旅行者だ」という立場から物事を見るというのも脱引きこもりのヒントになるような気がするのだが、これについてはまた改めて考えてみることにしたい。